現代社会に絶望した若者が山へ向かう物語

現代社会に生き辛さを感じた若者が山へ行くお話。

自殺計画メモ

さて、今回は僕は実際に自殺をするとして、やっておかなければならない事とやりたいことを考える。

やっておかなければならない事。

1.荷物整理 使えるものは使ってもらえばいいが、見つかると尊厳を失う物等を処分する必要がある。

2.あれ・・・案外ないかも。

 

やりたいこと

1.片思いの子に会う事。 生きる理由の半分以上がこれだ。最期に一度だけ...

2.ゲーム仲間に会う事。 生きる支えになった人たちだ。また集まりたい。

3.前の職場でお世話になった方へのご連絡。 たった10か月くらいだけど、濃い時間を一緒に過ごしてくれた方々。ただ感謝を。お幸せに。

4.終わり。

人生の心残りがこれだけで、全部人間関係だ。これはこれで、驚きだ。幼い頃人に裏切られたからこそ、人を大切に思っているんだろうか。謎だ。

病み期 死にたい期

ああなんだろう。久しぶりに病んでる。こんな事を言うと、少し前にも病んでたじゃんって言われそうだけど、その通りである。しかし、漠然と死を考える事は久しぶりだ。

 

突然だけど、僕が最初に死のうと思ったときは中学1年生だ。小学生の頃から仲の良かった友人が僕の好きな人を広めてしまったのだ。この時僕は非常に気が動転してしまった。しかも親友に裏切られたと思ってしまい酷く傷ついた。この時が初めて死のうと思ったときであり、その辺りから日本人としての正規ルートを踏み外したと思う。

正規ルートを踏み外してからは転がり落ちる様に堕ちていった。授業への参加は減り徐々に現実逃避の時間が増えた。この時に部活動も行かなくなりそのままやめてしまった。この辺りから死を考えることが増えたし人と感覚がずれていったように思う。そのまま、中学・高校と進んでいったけれど僕の中では何も変わらない。勉強は最低限、運動は好きだったからある程度はした。ただ、本気になることができなくなった。そして現実逃避を続けている毎日だったと思う。それはそれで、非常に心地が良かった。

当時読んだ本だったか、小説だったかもう忘れてしまったが非常に印象に残っている言葉がある。「明日死ねるから今日生きられる」だ。どこで見たのか何で見たのか。これはその頃の心境。そして僕の病み期の心境を上手く表現した言葉だ。

 

こんな僕が何故21歳まで生きることができたのだろうか。要因は二つあると思う。

一つは現実逃避にある。ゲーム仲間と非常に仲良くなってしまったことだ。実際にリアルで会うことも何度かあり、非常に楽しかった。そんな仲間がいたこと。

もう一つは、思い人の存在だ。いわゆる片思いだ。小学生の頃に惚れ今に至るまで惚れっぱなしである。同じ小学校という事もあり、家は近い。高校、専門学校時代は一目見るためだけに、家の付近を良く通った。完全にストーカーである。ただ、そうやって顔を見ることができたからこそ、生き永らえる事ができた。

そんな彼女も今は東京で夢を追っているらしい。僕は実家に戻ってきたけれども一目見ることも叶わない。ゲーム仲間も仕事を始め、連絡の頻度も減った。僕が今日を生きるためのエネルギーはどこから受け取ればいいのだろうか。

目標としたいこと

昨日やりたいこととか、整理して色々考えてたら夜が明けてた。僕は悩み事があるときはいつも徹夜してる気がする。それも誰かと電話で。

でも今回は電話せずに、一人で答えを出すことができた。少し成長がみられる。

リゾートバイト10日目くらいだが、仕事をやめた。明日には寮を出ていく。

なんかこうモヤモヤしてたり、踏ん切りがつかなかったりでいつも頭の中にモヤが掛かっている。だが今は違う!”クリアタイム”だ!これから先の予定が全くなく頭の中が完全にクリアな状態。素直な状態。素直に自分の本心と向き合える数少ない時間だと思う。だからこそ今ここに、素直な自分の気持ちをメモとして書き殴る。

ー目標ー

消防士!

これは元々の目標だったし、楽しそうだ。でも今までは覚悟っていうか決心がつかずに内定を貰っても蹴ったりしていた。 公務員は一つの土地でとどまり続けるイメージが強くって20代前半でなるのは、勿体ないとおもってたんだ。

でも決心がついた。次受かったら消防士になろう。

 

消防士になるにしても、受験が今年の夏。採用は来年の4月からだ。つまり、それまでの間非常に暇になる。今と同じでリゾートバイト生活をしてもいいのだが、”働く”事から少し離れて、自分に素直になり、その間に色々としたいことをしていこう。

 

ーしたいことー

1恋を終わらせる。

2共生舎を見に行く。

1から。何度も言ってる気がするが、小学校からの初恋を終わらせようと思う。もう21だ。だが、終わらせようと何度も思っても終わらせることができなかった。何も無く忘れることなどできない。そんな存在だ。会って、思いを告げて終わりたい。結果は知れてるが。 ただ、相手は今東京にいるはずだ。連絡先も知らない。でも、自宅は知ってる。できることはやる。人目を気にせずやりたいことをしよう。

2。以前記事にした共生舎っていうNPO法人がある。最近少しずつ話題?になっている”山奥ニート”という人たちだ。ずっと気になっていた。憧れの生活をしている人たちがいる。と。一度行って一緒に生活をしたい。貯金は多少ある。1年くらいなんとかなるだであろう。

本当に理想的な生活をしているのであれば、その付近(街まではかなりあるけれども)で消防士になろうと思う。ちょくちょく顔を出したい。

 

昔ならもっと計画的にいろいろやったけど、これからはその時その時やりたいことをして、メモして少しずつやっていきたい。少しでも人生を豊かなものに。

病みの整理

今ちょっと病んでいる。結局僕は何がしたいのか良くわかっていないんだ。それを一つ一つわけて、分かりやすくし、見つめ直す。

人生っていうのは、大きく分けて、3つの事になると思う。

1 仕事

2 趣味

3 人付き合い

人の活動、行動なんかはこれのいずれかのうちの一つであるとする。

1 仕事

僕は何がしたいのか。以前は消防士になろうと思っていた。理由は、消防士っていうのは人を助ける事しかしないからだ。人を助ける。救う。これは非常に良い事で、まして命を助けたり、救ったりするなんていうのは素晴らしく良い事だと思っている。だからやりたいと思っていた。 あぁこれでこの話は終わりだ。消防士を目指そう。

 

2 趣味

趣味っていうのは本当に難しい。何が趣味で何が趣味じゃないかすら分からない。2,3年前から音楽が好きだ。もちろん音楽自体は10年くらい前から聞いているし、好きだ。ただ、2,3年前から歌を歌うことが好きになった。一人でカラオケに良く行くし、昨日だって行った。

それに体を動かすのも好きだ。ランニングや筋トレ。特に自重トレーニングが好きだ。重りをもって筋肉を膨らませるのではなく、動きつつ勝手に鍛えられるのが良い。懸垂なんか最高だ。

そのほかにはゲームだって好きだ。6,7年やってるアラド戦記っていうネトゲがあるんだが、これは未だに楽しい。サービスが終了するまでやっているだろう。

趣味 歌を歌うこと 体を動かすこと ゲーム

こうして考えてみると思いのほか趣味っていう物は多く見つかる。

 

3 人付き合い

僕は人付き合いが好きだ。人と喋ることだって、人と何かを一緒にすることも好きだ。ただ、僕のコミュニティは狭い。友達っていうのがほとんどいない。ただ、誰とでも喋れて上辺だけの付き合いが上手だ。だけど、僕がしたい人付き合いはこんな関係じゃない。最近は連絡をとっていないけれど、10年来の友人らだって少数ではあるがいる。こんな関係をもっと増やしたいのかな。 うーん・・・

 

思っているより自分は単純でこう書きだせばこうバババーって指が動いていく。これが本当に思っている事なのかどうなのかはわからないけれど、あまり考えずに指が動くから深層心理に近い何かなのだろう。

この3つのテーマの内2つは迷わず決めれたんだけど、3つ目は最初は恋っていうテーマにしていた。ただ、ちょっと言葉を軟らかくしたかったのか、怖気づいたのか人付き合いにした。仮に”恋”のままだったら、僕は何を考えたのかな。

”恋”

恋っていったいなんだろう。僕は恋がわからない。一緒にいたいって思ったら恋なのかな。何がどうなったら恋なのかな。初恋すら終わっていない僕にはまだ早い話なのかもしれないし、初恋を終わらせることが先決なのかもしれない。

 

そして旅の日記は書く気が起きないので書かない気がするごめんなさい。

病み期

すごいモヤモヤしている。何が悪いとか何がいいとか何が正しいとか。そんな事をまた考えてる気がする。久しぶりの病み期だ。久しぶりすぎてどうしていいかわからない。それがまた少し怖い。

皆さんが病む理由はなんだろうか?僕は大体いつも”将来の事”か”過去の事”。そしてその繋がりだ。

たとえば、前職で農業をしていた。これが将来の何かにつながらないとその人生経験は無駄になってしまう。だから将来も農業にかかわろう。とか。 そんな本当にどうでもいいことが多い。僕の尊敬する虚淵先生の話の中では僕はまだ”正しさの奴隷”なんだろう。

自分という者がある。ただ、この者が何をするか、何を成すか。それで世界が少しでも良い方向へ動いてくれるのであれば、僕はそれをすると思う。つまり、”自分”がない。

昔はもっと”自分の意思”があった気がする。 それに、仕事を辞めてからも”自分”があったと僕は思う。やりたいことをして、やりたくないことは最小限にとどめていたはずだ。 今やっていることは、やりたいことだったはずのことだ。実際に今は楽しい。

ただ、何かモヤモヤする。 これじゃない感じ。これでもいいんだけど、これじゃーないんだよっていう感じ。自分でもわからない。ちょっと前はこんなとき、相談できる相手がいた。今は連絡も取ってないし、正直わからない。 僕が本当にやりたいことってなんなんだろうな・・・。人生をかけて、それを見つけてもいいし、心当たりがあるものを一つ一つ虱潰しに潰していくのもありかもしれない。

心残り、モヤモヤ。その中心にあるのはいつも同じものだ。だけど、それをどう処理していいのか僕は知らない。 恋愛、将来、仕事、趣味。どれも中途半端に選択肢がたくさんあって、後悔があって、どうにもならない。 自分から動かない限りどうにかなるなんてことはないんだけれどそれでも動けない。 ほんと何がしたいんだろうな・・・

帰宅。1日の移動距離

みなさんお久しぶりです。実は、旅は3日か4日くらい前に終わってました。家族との挨拶とか、親戚との挨拶とか年末年始の準備とかで、思いのほか時間が取れず、自転車旅行の記事を書く時間が今の所取れていません。ただ、忘れないように自分のメモとかの為に自転車の走行距離と初日分だけを記事に。

 

走行距離 kmはダイタイ。

1日目 今治→多々良大橋を渡った場所まで。 55km

2日目 しまなみ街道サイクリングロード→倉敷 100km

3日目 倉敷→姫路 110km

4日目 姫路→神戸 50km

5日目 神戸→八幡市 70km

6日目 八幡市→京都 20km

7日目 京都→亀山 80km

8日目 亀山→自宅 85km

一応こんな形で8日間かけて、実家まで自転車を漕いだ。合計570kmらしい。寄り道とか観光とかしてたから、もっとあった気がするけどだいたいこれくらい。1日平均70km以上走ってるんだから驚きだ。当初は50kmの計算だったはずなのに。

そんなこんなで、旅の中身は実はあんまりなくてただ移動して観光してただけなんだけども、テキトーに記事にする予定です。 今回はこの辺で!

自転車の旅 愛媛~愛知まで

このたび仕事をやめ、実感帰ります。時間もあるので、愛媛~愛知まで自転車でゆっくり移動することにしました。

道順(ざっくり)

最初も最後も現在地をぼかす為に適当な場所にしてあるが、だいたいこんな感じらしい。googlemapつよい。

止まるところ~とか ご飯~とか そういったものはもう適当でなんとかなるかなーって考えで見切り発車の予定。地図だと京都→滋賀→三重→名古屋だけども雪の降り具合なんかで京都→滋賀→福井→岐阜→名古屋にもなりうる。山もよけれるしね~

適当に行くだけ行こう 考えるだけ無駄だ。さて、準備準備